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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)3122号 判決

原告

裵建一

右訴訟代理人弁護士

丹羽雅雄

永嶋里枝

福森亮二

小田幸児

上原康夫

養父知美

被告

北浦喜代造

北浦光隆

右両名訴訟代理人弁護士

長山亨

長山淳一

被告

有限会社キンキホーム

右代表者取締役

森下安雄

右訴訟代理人弁護士

吉井昭

被告

近藤建設株式会社

右代表者代表取締役

近藤竹司

右訴訟代理人弁護士

長山宗義

被告

株式会社宝不動産

右代表者代表取締役

葉山敬三

右訴訟代理人弁護士

西中務

被告

大阪府

右代表者知事

中川和雄

右訴訟代理人弁護士

豊蔵亮

松村剛司

右指定代理人

黒川浩志

外二名

主文

一  被告北浦喜代造及び被告北浦光隆は、原告に対し、連帯して、二六万七〇〇〇円及びこれに対する平成元年四月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告北浦喜代造及び被告北浦光隆の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

1  原告と被告北浦喜代造及び被告北浦光隆との間において、原告が別紙物件目録記載の建物につき、別紙賃貸借契約目録記載の内容の賃借権を有することを確認する。

2  被告北浦喜代造及び被告北浦光隆は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を引渡せ。

3  被告らは、原告に対し、連帯して、二五一万七〇〇〇円及びこれに対する平成元年四月二八日(訴状送達の日の翌日)から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が不動産仲介業者との間で、賃貸マンションへの入居について合意したにもかかわらず、家主から入居を拒否されたため、家主に対し、賃借権確認及び建物引渡を求め、かつ、右入居拒否について、原告が在日韓国人であることによる民族差別であり、家主及び不動産業者らによる差別的な入居条件の作成及び入居拒否が不法行為にあたるとして、損害賠償を求めるとともに、大阪府に対し、宅地建物取引業法等に基づく監督義務違反による損害賠償を求めている事案である。

一本件事案に至る交渉経緯等

本件事案に至る交渉経緯等は、証拠(〈書証番号略〉、証人近藤次雄、原告本人、被告北浦光隆本人)及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりである。

1  当事者

(一) 原告は、協定永住の在留資格をもつ在日韓国人であり、大阪市淀川区〈番地略〉所在の安田ビル一階で飲食店(カレーハウス「パーク」)を経営している。

(二) 被告北浦喜代造及び被告北浦光隆(右両名を以下「被告北浦ら」という。)は、被告喜代造が五分の三、被告光隆が五分の二の持分割合で別紙物件目録記載の三〇五号室の建物(以下「本件物件」という。)を含む賃貸用マンションである通称「ロイヤルパーク」(以下「ロイヤルパーク」という。)を所有している。

(三) 被告有限会社キンキホーム(以下「被告キンキホーム」という。)及び被告株式会社宝不動産(以下「被告宝不動産」という。)は、いずれも不動産仲介等を業とする会社である。

被告近藤建設株式会社(以下「被告近藤建設」という。)は、建築請負及び不動産仲介等を業とする会社である。(なお、以下被告キンキホーム、被告宝不動産及び被告近藤建設を総称して「被告会社ら」という。)

(四) 被告大阪府は、その行政区画内に事務所を設置して事業を行う被告会社らに対し、宅地建物取引業法に基づく権限により、免許及び業務等についての監督をなしている。

2  本件物件への入居に関する交渉経過

(一) 原告は、昭和五八年八月ころから、家族と共に肩書住居で居住していたものの、平成元年一月初旬ころ、住居が手狭になったため、より広いマンションに転居することを計画した。そこで、原告は、平成元年一月一三日、被告キンキホーム発行の不動産賃貸等に関する情報誌である「賃貸ジャーナル」を見て、同誌に掲載されていたロイヤルパークについて、現地で見学しようと考え、被告キンキホームの新大阪センターにその旨連絡した。

(二) 原告は、同月一六日、被告キンキホーム新大阪センターの担当職員岡本寛(以下「岡本」という。)の案内でロイヤルパークを見学した。その際、原告は、岡本に対し、自分は外国人であるが、入居が可能かどうか確認したところ、岡本は「このロイヤルパークには中国人も入居しているので問題はありません。明日からでも入居できます。」と答え、原告に対し、「入居申込ご案内」と題する書面(〈書証番号略〉)及び入居申込書を交付した。原告が右「入居申込ご案内」に記載された申込条件に、「原則として日本国籍であること」とされ、かつ、住民票の提出を要するとされていることについて、再度確認し、住民票は取れないが、外国人登録済証で代替できるものかを尋ねたところ、岡本はこれにも「いいです」と答えた。そこで、原告は本件物件への入居を決意し、同日、被告キンキホーム新大阪センターにおいて所定の入居申込用紙に必要事項を記入して、岡本に交付した。さらに、岡本が、金額はいくらでもよいから手付金を入れてほしい旨述べたので、原告は、岡本に対し、五万円をその場で交付した。これに続いて、岡本は原告に対し、「重要事項説明書」と記載した書面(〈書証番号略〉)を示した。右書面には、借主欄・保証人欄・末尾の作成日及び氏名欄が空欄になっているほかは既に記入されていたので、原告は、右空欄に所定事項を記入のうえ押印した。その際、岡本からは、日割家賃として、翌一七日以降の同年一月分の五万四五〇〇円を支払ってもらいたい旨の申入れがなされた。

さらに、岡本は、原告に対し、既に記入済の「入居までに必要な書類と金額」と題する書面を交付した。その際、岡本は原告に対して、同月二〇日までに、右書面に記載された保証金、仲介手数料、火災保険料、消毒費用等の諸費用の残金として一一一万九五〇〇円及び必要書類を準備しておくよう指示し、かつ、前記日割家賃も同時に送金するよう求めた。

そして、以上の手続が終了した後、岡本は、原告に対し、原告の引越準備のため、「ドレミ引越センター」の紹介パンフレットを交付し、キンキホーム新大阪センターの名を言えば引越費用の割引を受けられる旨述べるとともに、「契約をしてもらった人に粗品として渡している。」と述べて、コーヒーカップ三個を交付した。

そこで、原告は、帰宅後、直ちに転居準備にとりかかるとともに、前記ドレミ引越センターに対し、引越運送契約を申込み、予約金を支払ったほか、他店でテレビ、エアコン、書棚等の購入契約をも締結した。

(三) ところが、同月一七日、岡本から原告に対して、「ロイヤルパークへの入居に関して、家主は承諾しましたが、管理会社の近藤建設が、あなたが日本国籍ではないから入居はできないと言っている。」との連絡をしてきた。これに対し、原告が岡本に抗議したところ、岡本は、日本人である原告の妻名義であれば、多分入居できる旨応答して、再度管理会社と交渉する旨述べた。しかしながら、翌一八日には、岡本が原告方を訪れ「今度は家主があなたの入居はできないといっている」と述べた。そこで原告は、直接被告近藤建設に連絡して、担当者の近藤次雄(以下「近藤」という。)に対して事情の説明をするよう求めたところ、近藤は、ロイヤルパークの入居条件は、家主と被告近藤建設、被告キンキホーム、被告宝不動産の四者で作成したものである旨説明し、原告の入居については再協議して連絡する旨述べた。そして、その後、岡本からは、他の物件を紹介するから、ロイヤルパークへの入居は断念して欲しい旨の要請がなされたが、原告は、これを拒絶した。

(四) 被告キンキホーム新大阪センターの所長から原告に対し、翌一九日、「九分九厘ロイヤルパークに入居していただくことになりました。明日の朝、再度連絡します。」との連絡がなされたので、原告は、右所長との間で、翌二〇日が前記残金の決済期限であること、原告において残金一一一万九五〇〇円と必要書類を準備のうえ、待機することを確認した。

(五) ところが、翌二〇日午後三時前になっても被告キンキホームから原告への連絡はなかった。そこで原告は、被告キンキホームに対し、右残金一一一万九五〇〇円を振込送金した。その後、被告キンキホームから原告に「入居は無理でしたので、今から手付金の五万円を返しに行きます。」との連絡が入り、まもなく岡本が原告方を訪れ、原告に対し、「家主は入居を承諾したが、今度は家主の息子が承諾しないので入居はできなくなりました。手付金の五万円を返しますので受け取ってください。」と申し入れたが、原告はこれを拒絶した。

(六) ところで、被告北浦らは、ロイヤルパーク入居申込の募集を開始するについては、あらかじめ、「入居申込ご案内」と題する書面を作成して、入居条件を「家賃の三倍以上の所得があること」などのほか、「原則として日本国籍を有すること」とし、かつ、入居家族全員の住民票の提出を求めることを定め、被告会社らに交付していた。(被告北浦ら及び被告会社らに対する関係では、争いがない。)

二争点

1  原告と被告北浦らとの間で賃貸借契約が有効に成立したか否か。

2  被告北浦ら及び被告会社らの不法行為の成否

3  被告大阪府の損害賠償責任の有無

4  損害額

三争点についての当事者の主張

1  争点1(本件賃貸借契約の成否)について

(一) 原告の主張

(1) (有権代理)

被告北浦らは、昭和六三年一〇月ころ、被告キンキホームに対し、本件物件についての賃貸借契約締結のための代理権を与えた。

原告は、平成元年一月一六日、被告キンキホームに対し、本件物件への入居申込をなし、被告キンキホームは、被告北浦らのためにすることを示して、これを承諾し、もって、原告と被告北浦らとの間で別紙賃貸借契約目録記載の内容の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)が成立した。

(2) (表見代理)

仮に、被告キンキホームに本件賃貸借契約締結のための代理権が授与されていなかったとしても、被告北浦らは、被告キンキホームが同人らの代理行為とみられるべき手付金・保証金・日割家賃の請求、受領等の行為を行うのを知りながら黙認し、もって原告に対し、被告キンキホームに本件賃貸借契約締結の代理権を与えた旨表示したのであるから、被告北浦らは民法一〇九条により被告キンキホームの無権代理行為につき本人としての責に任ずべきものである。

(3) (契約締結上の信義則に基づく責任)

仮に、被告キンキホームについて有権代理ないし表見代理がいずれも成立しないとしても、被告北浦らが本件賃貸借契約の締結を拒むことは契約締結の自由の濫用であって、信義則上許されず、被告北浦らは契約の成立を信頼した原告に対し、契約締結義務を負い、契約の不成立を主張することはできない。

すなわち、契約当事者のみならず、広くある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入って当事者は、信義則に基づき、誠実に契約の成立に努めるべき注意義務を負い、右注意義務に違反して相手方との契約締結を不可能にした場合には、締結中止・拒絶を正当視すべき特段の事情のない限り、賠償責任を負い、さらに、事情によっては契約を成立させる義務を負う。本件では、被告北浦らは、契約交渉が相当進展した段階で、契約締結を拒絶していること、原告は、被告北浦ら側の立場にある被告キンキホームの言動により、契約が成立したと信頼したこと、被告北浦らの契約締結の拒絶は、在日韓国人の差別という不合理な理由によるものであることから、応諾の自由の濫用であり、契約締結上の信義則により、被告北浦らは、契約の成立を信じた原告に対して、契約の成立を否定できる合理的理由を持たないことになる。

(4) よって、原告は、被告北浦らとの間において本件賃貸借契約に基づく賃借権を有することの確認を求めるとともに、同被告らに対し、本件賃貸借契約に基づく、本件物件の引渡を求める。

(二) 被告北浦らの主張

被告北浦らと原告との間で賃貸借契約が締結された事実はない。

(1) 被告北浦らは、ロイヤルパークを有限会社三喜商事(以下「三喜商事」という。)に一括賃貸し、三喜商事が賃借人に個別的に賃貸する方式をとっている。従って、被告北浦らが入居希望者との関係で賃貸借契約の当事者になることはない。

(2) 仮に被告北浦らが契約当事者になるとしても、被告北浦らは、被告キンキホームに対し、入居希望者の仲介を依頼したものであって、ロイヤルパークの賃貸借契約締結に関する代理権を与えたことはない。被告北浦らは、平成元年一月一六日ころ、被告キンキホームから、原告が入居希望の申込をしていることを知らされたが、被告北浦らとしては、被告キンキホームに対し、賃貸する意思のないことを回答した。

(3) 被告北浦らは、被告キンキホームが、重要事項説明書の交付や、手付金、保証金、日割家賃の請求・受領等を行っていることを全く知らなかったものであり、これらの事実を知りながら黙認した事実はない。

(4) 被告北浦らが、信義則によって、本件賃貸借契約についての応諾の自由を奪われる理由はない。私的自治の認められる法制下において、応諾の義務が生じる余地はない。また、そもそも被告北浦らは、原告と契約交渉を行ったことはなく、当初から一貫して本件賃貸借契約を成立させる意思がない旨表明していたものであるから、契約締結上の信義則が妥当する余地はない。

2  争点2(被告北浦ら及び被告会社らの不法行為の成否)について

(一) 原告の主張

(1) 差別的な入居条件の作成及び入居拒否

被告北浦ら及び被告会社らは、ロイヤルパークへの入居者の募集開始に先立つ昭和六三年一〇月中旬ころ、入居申込条件についての話合を行った。その際、右被告らは、共謀のうえ、在日韓国・朝鮮人を入居させないこととし、「原則として日本国籍であること」という差別的な入居条件を設けるとともに、入居申込に際して住民票の提出を求めることとした。

さらに、被告北浦ら及び被告会社らは、本件賃貸借契約成立後の平成元年一月一八日ころ、原告の入居ついて、原告が日本国籍でないことを理由にこれを拒否することを共謀し、これを実行した結果、原告に左記損害を与えた。

ア 財産的損害 一万七〇〇〇円(ドレミ引越センターに対する引越運送契約解約違約金)

イ 精神的損害 二〇〇万円

ウ 弁護士費用 五〇万円

(2) 被告北浦ら及び被告会社らの責任

ア 「公序」違反に基づく不法行為責任

① 住居基本権の性格

住居は、人間生活の基盤であり、衣食とともに、人間の生存にとって必要不可欠である。したがって、住居を社会生活の基盤として確保することは、憲法一三条、二五条一項、二二条一項に根拠を有する社会権的性格の基本的人権である。これを民族の差異によって差別することは、憲法一四条一項に違反する。そして、在日韓国・朝鮮人は、過去の日韓関係により、直接的・間接的に強制されて日本に定住することになった経緯があるばかりではなく、その生活実態において、日本国民と等しく、法律遵守や税金等の社会的負担を担い、社会的寄与をなしている存在であることなどからすれば、在日韓国・朝鮮人にも等しく住居基本権が保障されなければならない。

さらに、日本国が批准した条約である「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」二条二項、一一条一項、及び「市民的及び政治的権利に関する国際規約」二条一項、一二条一項、二六条では、国家の一般的義務として、「人権、皮膚の色、性」「国民的出身」等によるいかなる差別も禁止し、「自己及びその家族のための相当な食糧、衣類及び住居を内容とする相当な生活水準について」すべての者の権利を認め、「すべての者は、法の前に平等であり」、「法律は、あらゆる差別を禁止、(中略)平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する」旨規定している。

住居基本権が憲法及び国際人権規約に根拠を置く権利であることに照らせば、右権利は、私人間においても公序として規範性を有するものと解すべきであり、借地借家関係における貸主及び宅地建物取引業者(以下「宅建業者」という。)は、これを侵害しないよう配慮すべき義務を負うものである。そして、その侵害が在日韓国・朝鮮人に対する民族差別にわたる入居差別であるときは、前記情況に照らし、私人間において契約締結の自由が存しているとはいえ、なお公序に反する違法行為であるというべきである。

② そして、被告北浦ら及び被告会社らの前記行為は、民族差別によって入居を拒否し、原告の住居基本権を侵害した結果、原告に損害を与えたものであり、民法九〇条の公序に違反する違法性を有するものとして、不法行為を構成する。

イ 宅地建物取引業者(以下「宅建業者」という。)一条及び三一条違反による不法行為責任

宅建業者は、業務の適正な運営と、宅地及び建物の取引の公正とを確保することを目的とし(同法一条)、消費者保護と業界の健全な発達を期した立法趣旨を有するのであるから、同目的には、非差別平等の原則に基づく業務の運営と、民族差別による取引拒絶の禁止の趣旨をも含むものと解すべきである。また、宅建業者には宅建業法三一条により信義誠実義務が課せられている。

しかるに、被告キンキホーム及び被告宝不動産は、宅地建物の取引の媒介等を業とする宅建業者であるところ、前記のとおり、民族差別に基づく入居条件を定めて、原告の入居を拒否した結果、原告に損害を与えたものであり、右被告らの行為は、宅建業法一条の目的を逸脱し、且つ、三一条の信義誠実義務に違反するものであって、不法行為を構成する。

(二) 被告らの主張

(1) 被告北浦ら

ア 被告北浦らが、ロイヤルパークへの入居つき、「原則として日本国籍を有すること」を条件として、住民票の提出を要求したことは、在日韓国・朝鮮人に対する差別にはあたらない。

本件建物の入居者の選択及び入居条件の決定は、建物所有者または建物の賃貸権限を有する者において、建物の管理・維持等の観点から自由になしうるところであり、契約の締結を強制される余地はない。

イ 被告北浦らが原告に入居申込を拒否したのは、被告北浦らがロイヤルパークへの入居者を確定するにあたって、賃料支払能力の有無を重視していたところ、原告にはその賃料支払能力について不安があったからである。

(2) 被告会社ら

原告の主張するような共謀の事実はない。

3  争点3(大阪府の損害賠償責任の有無)について

(一) 原告の主張

(1) 憲法・国際人権規約違反

大阪府知事は、憲法一四条及び「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」第二条二項、第一一条一項、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」第二条、第二六条に基づき、宅建業者に対して指導監督し、業者以外の一般家主に対しては啓蒙・啓発活動をすべき義務があるにもかかわらず、これを怠った不作為によって原告に損害を生ぜしめたのであるから、国家賠償法一条によって責任を負う。

(2) 宅建業法違反

ア 宅建業法における知事の権限とその根拠

知事は、宅建業法に基づき、宅建業者について免許制度を実施し、その事業に対し必要な規制を行うことにより、その業務の適正な運営と宅地建物の取引の公正とを確保し、もって購入者等の利益の保護を図るため、種々の権限を付与されている。すなわち、その都道府県内にのみ事務所を設置して宅建業を営もうとする者に対し、所定の基準に従って免許を付与したうえこれを更新し、また、免許を付与した宅建業者に対し、必要な指示や指導、立ち入り検査、さらには業務停止、免許取消などの行政処分をする監督権限及び義務がある。

イ 権限不行使に基づく違法行為

宅建業法は、民族差別による入居拒否の禁止を含む公正な取引等その目的達成のために、知事に対し、強力かつ広範な指導監督権限を付与しているが、大阪府知事は右指導監督権限を行使せず、原告に損害を生ぜしめた。すなわち、民族差別による入居拒否に対し、大阪府知事は、宅建業法七一条の指導等並びに七二条の報告要求及び検査権限を有し、また、六五条一項一号、二号による必要な指示処分あるいは同条二項五号による業務停止処分の権限を有しているのであるから、本件入居拒否等の以前において、かかる権限を行使して、差別的入居拒否を防止・除去すべきであったのに、右作為義務に反して、その権限を行使しなかったため、原告に対し、本件入居拒否等による損害を生ぜしめた。

(二) 被告大阪府の主張

(1) 国家賠償法において行政権の不行使が違法とされるためには、その前提として、公務員が国民に対して具体的な法的作為義務を負担していることが必要であるところ、本件について、大阪府知事は右作為義務を負担していない。

すなわち、憲法及び国際人権規約は、原告の主張する作為義務の根拠規定となるものではない。また、宅建業法にいう「公正な取引」もしくは同法の趣旨は、宅地建物取引における経済的公正を維持・確保するところにあり、原告のいう「民族差別による取引拒否」を含まない。したがって、同法により付与された知事の指導監督権限も右取引の経済的公正を確保する必要がある場合に限られる。

また、大阪府知事が行政指導を行うことができるとしても、行政指導は、指導を受ける側の任意の協力のもとに行われるものであるから、その不作為について、損害賠償責任を問うことはできない。

第三争点に対する判断

一争点1(本件賃貸借契約の成否)について

1  (認定事実)

証拠(〈書証番号略〉、証人近藤次雄、被告北浦光隆本人)を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告北浦らは、被告近藤建設との間で賃貸用マンションについての建築請負契約を締結して、昭和六三年一二月ころ、ロイヤルパークを完成させたところ、被告近藤建設は、右建設と並行して、ロイヤルパークへの入居者の募集等に関する事務をも、被告北浦らへのサービスとして行った。すなわち、被告近藤建設は、被告北浦らの要請により、まず、入居者の募集業務を行う仲介業者の推薦を行い、被告北浦らが右推薦にかかる業者の中から被告キンキホーム、被告宝不動産及び四季建設の三社に仲介を依頼したほか、大建及び大阪実業の二社にも仲介を依頼した。

(二) 被告北浦らは、同年一一月ころからロイヤルパークへの入居者募集を始めるとともに、同月一〇日、ロイヤルパークを管理するために三喜商事を設立し、被告北浦光隆が取締役に、同人の妻の北浦恵が代表取締役に、被告北浦喜代造が監査役に就任したが、実際には、被告北浦光隆が自宅を事務所として、管理人を従業員として三喜商事の業務であるマンション管理を行っていた。

そして、入居申込者との賃貸借契約締結については、以下のような方法が採られた。すなわち、まず、仲介業者において、入居申込希望者を発見した場合、被告近藤建設にその入居申込書を送付して紹介すると、被告近藤建設が右申込書を被告北浦らに交付する。そして、被告北浦らは、右申込書の記載事項及び添付書類等を参考にして賃貸するか否かを決定し、入居を承諾す場合には、被告近藤建設を通じて当該仲介業者に連絡し、その後、三喜商事名義で賃貸借契約契約書を作成して、契約締結に至るというものであった。

(三) 原告が平成元年一月一六日被告キンキホーム新大阪センターにおいて岡本から交付を受けた重要事項説明書には、「宅地建物取引業法第三七条第二項に基づき本書を交付します。」との文言の印刷があるほか、「物件引渡」の欄には「契約終了後」との記入があり、「取引の態様(法第三四条第二項)」の欄の「賃貸」及び「仲介(媒介)」の部分に丸印が付けられ、「特約事項」の欄に、「家主受理後手付金とします」との記載と原告の押印がある。

また、原告が同日岡本に対し支払ったのは、「手付金」名目の五万円だけであり、本件物件の保証金や平成元年一月分の日割賃料ばかりでなく、仲介手数料も未払であった。そして、被告キンキホーム名義の右五万円の「預り・領収証」には、「家主確認後本手付金とする」旨の書き込みがされており、被告キンキホームが貸主の代理人であることを示す記載はない。

(四) ところで、原告作成の入居申込書は、平成元年一月一六日ころ、被告キンキホームから被告近藤建設を介して被告北浦らに交付されたが、被告北浦喜代造は被告近藤建設に対して、同日、原告の入居申込を断る旨の連絡をし、被告近藤建設は被告キンキホームに右拒絶の旨を伝えた。

2(契約の成否について)

右認定の事実及び前記本件事案に至る交渉経過等2(本件物件への入居に関する交渉経過)の事実によれば、岡本は原告から手付金名目で五万円を受領して、宅建業法三七条二項に基づき重要事項説明書を交付し、入居保証金及び平成元年一月一七日以降の日割家賃を支払うよう求めたことが認められる。

ところで、宅建業法三七条二項では、宅建業者は、宅地建物の賃借に関し、当事者を代理して、「契約を締結したときは」その相手方及び代理を依頼した者に、その媒介により「契約が成立したときは」当該契約の各当事者に、同項各号に掲げる事項を記載した書面を交付しなければならない旨規定されていることに照らすと、被告キンキホームが本件物件の賃貸人を代理して口頭で本件賃貸借契約を締結したものと解する余地がないとはいえない。

しかしながら、右重要事項説明書の「物件引渡」、「取引の態様(法三四条二項)」、「特約事項」の各欄の記載や、右手付金名目の五万円の「預り・領収証」は被告キンキホーム名義となっており、貸主の代理人である趣旨を示す記載はないことや、敢えて「家主確認後本手付金とする」旨の書き込みがなされていることを併せ考えると、被告キンキホームは、仲介人として原告と交渉したものであって、貸主との賃貸借契約は後になされることを前提として行動していたものというべく、このことは原告においても認識することができたものと考えられる。

したがって、被告キンキホームが貸主の代理人となって契約し、本件賃貸借契約が成立したものとは認められない。

よって、本件賃貸借契約成立を前提とする原告の有権代理及び表見代理の主張は採用しない。

3(契約締結上の信義則に基づく責任について)

人は、原則として、その意思に基づき自由に契約を締結して、その生活関係を処理することができ、右契約自由の原則は、私法領域を支配する基本原則である。そして、契約交渉者をめぐる信義則は、右信義則上の義務に違反した場合の損害賠償責任の根拠となりうるものではあるが、右契約自由の原則が存する以上、契約成立の擬制や契約上の義務発生の根拠とはなりえないものと解するのが相当である。したがって、この点についての原告の主張も失当である。

二争点2(被告北浦ら及び被告会社らの不法行為責任)について

1  証拠(〈書証番号略〉、証人近藤次雄、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(一) 被告北浦らは、ロイヤルパーク入居者募集に先立ち、入居申込条件について被告近藤建設に助言を求めた。被告近藤建設は、これに応じて、昭和六三年一〇月中旬ころ、取引仲介業者が採用していた入居申込要項の雛形を参考資料として被告北浦ら方に持参し、被告キンキホーム及び被告宝不動産を同席させて、入居申込条件についての打合せの場を設けた。

その際、被告北浦らは、右雛形を原案として採用したうえで、同雛形の記載内容のうち、「家賃の3.5倍以上の所得が有る事」という部分を「家賃の3.0倍以上の所得が有る事」と改めたほか、近藤の提案により、「日本国籍で有ること」という部分を「原則として日本国籍で有ること」と改めた。その他の条件については原案のとおりとして、近藤が入居案内を作成し、各仲介業者に交付した。

(二) 被告近藤建設は、平成元年一月一六日ころ、被告キンキホームから原告の入居申込についての連絡を受け、原告作成の入居申込書を被告北浦らに交付した。

しかしながら、被告北浦喜代造は、近藤に対し、同日中に、原告の入居を拒絶する旨の連絡をした。さらに、被告北浦光隆が近藤に対し、その翌日、原告の収入が入居条件を満たすかどうか不安であるうえ、過去に外国籍の人に文化住宅を賃貸して家賃の滞納等で困ったという経験があるので、今回は入居を断る旨の連絡をした。そこで、近藤が、被告キンキホームに対して、被告北浦らの右意向を伝えたところ、被告キンキホームの担当者からは、原告の入居を認めて欲しい旨強く要請された。そのため、近藤は再度、被告北浦喜代造にその旨連絡した。これを受けて、被告北浦光隆は、原告の経営する飲食店の現状を見たうえで入居申込について再検討するため、同店へ行き、店外から様子をうかがう等したが、翌日、近藤に対し、再度、拒絶する旨の連絡をした。

(三) 原告は、平成元年一月一六日に、岡本から、残金の決済日である同月二〇日には納税証明書の提出も必要であると説明されていたため、同月一八日大阪市淀川区長作成の納税証明書二通(原告と妻の昭和六二年の所得金額が記載されたもの)の交付を受けた。しかし、同月二〇日に最終的に被告キンキホームら入居ができなくなった旨の連絡があるまで、被告らから所得金額を示す書類を見せるように求められたことはなかった。

2  被告北浦らの損害賠償責任について

(一) 右認定の事実並びに前記本件事案に至る交渉経緯等1及び2によれば、本件物件の賃貸借契約締結交渉は、平成元年一月一六日時点において、賃貸人側の仲介人である被告キンキホームの媒介によって、契約条件がすべて決まり、手付金に充当されるべき金員の授受もなされ、その後は契約書の作成と物件の引渡し、保証金等の支払が残るだけという段階に至ったのであるが、被告北浦らは、この段階で、原告が韓国籍であることを主たる理由として契約締結を拒んだものと認められる。

(二) 被告北浦らは、原告との契約締結を拒否した理由について、原告の賃料支払能力について不安を払拭しきれなかったためである旨主張し、被告北浦光隆本人尋問の結果及び証人近藤次雄の証言中には、右主張に副う部分がある。

しかしながら、前記1で認定した事実によれば、被告北浦らは、原告の入居申込書を見た時点で原告とは契約しないことを決断しているところ、この時点で被告北浦らが原告の収入に関して持っていた情報は、原告が前記認定の場所でカレーショップ「パーク」を自営しており、月収は約五〇万円ある旨の入居申込書の記載だけである。そして、この情報だけで原告の所得金額が入居申込条件の基準を下回るものと判断することは困難であると考えられる。しかも、原告に対しては被告キンキホームからすでに納税証明書の提出を要求済であったのにかかわらず、同被告から再考を求められた後にも、被告北浦らは、原告に所得金額の証明を求めていない。これらのことに照らすと、前掲各証拠中の被告北浦らの主張に副う部分は採用できず、他に、右主張を認めるに足りる証拠はない。

(三) 原告は、被告北浦らの入居拒否が憲法及び国際人権規約に違反する旨主張するが、憲法一三条、二五条一項、二二条一項、一四条一項の各基本的人権の保障規定は、対公権力関係の規範であって、私人相互間の法律関係に直接適用されるものではない。そして、右各規定の趣旨は、個別的な実体私法の各条項を通じて実現されるべきものである。また、国際人権規約の各規定が国内的効力を有する法源として機能するのは、国ないし地方行政機関がその趣旨に沿った立法行政上の措置をとるべきことを要請する面にとどまり、私人相互間に直接作用するものではないと解される。したがって、原告の主張はいずれも採用しない。

(四)  ところで、原告は、前記第二の三の1において、本件賃貸借契約の成立を根拠づけるものとして契約締結上の信義則の適用を主張しているところ、右主張によれば、その主張する損害との関係で競合する主張として、不法行為に基づく損害賠償請求をなし、かつ、これを基礎付ける請求原因としての契約締結過程における信義則の適用も主張しているものと解される。そこで、以下これにつき検討する。

ア  信義誠実の原則は、契約法関係のみならず、すべての私法関係を支配する理念であり、契約成立後はもちろん、契約締結に至る準備段階においても妥当するものと解すべきであり、当事者間において契約締結の準備が進展し、相手方において契約の成立が確実なものと期待するに至った場合には、その一方の当事者としては相手方の右期待を侵害しないよう誠実に契約の成立に努めるべき信義則上の義務があるというべきである。したがって、契約締結の中止を正当視すべき特段の事情のない限り、右締結を一方的に無条件で中止することは許されず、あえて中止することによって損害を被らせた場合には、相手方に対する違法行為として、その損害についての賠償の責を負うべきものと解するのが相当である。

イ  これを本件についてみるに、たしかに、被告北浦らは、原告と直接契約締結交渉を行ったものではなく、仲介業者を介してなされた原告の入居申込に対して、契約締結を拒絶したに過ぎないところである。しかしながら、被告北浦らは、被告キンキホームと仲介契約を締結し、仲介業者を利用して、広く契約の相手方を募るという利益を得ているところであるから、他方で仲介業者の言動を信頼して行動した者に対する関係では仲介業者を被告北浦ら側の履行補助者に準ずる者として評価するのが相当である。そうすると、被告北浦らが仲介業者を用いて賃貸借契約の申込の誘因行為を開始し、前記認定のとおり、被告キンキホームと原告との間で、契約交渉が相当程度進行し、原告が契約の成立を確実なものと期待するに至った以上、被告北浦らが、合理的な理由なく契約締結を拒絶することは許されないと解するのが相当である。

ウ  そして、右合理的理由の有無について判断する。

前記のとおり、被告北浦らは、原告が在日韓国人であることを主たる理由として、契約の締結を拒否したものと認められ、右締結の拒否には、何ら合理的な理由が存しないものというべきである。したがって、被告北浦らは、前記信義則上の義務に違反したものと認められ、原告が本件賃貸借契約の締結を期待したことによって被った損害につき、これを賠償すべき義務があるというべきである。

エ  被告北浦らは、「原告が本件賃貸借契約の締結を期待したとしても、これは、岡本が、被告北浦らの意向を確認しないまま、原告に契約を成立させようとして、なした言動によるものである。」旨主張するけれども、被告北浦らと被告会社らとの間の前記支配・利用関係のほか、元来、差別的申込条件を設定して、恣意的な情況を作出し、かつ、これによる差別的理由による契約締結の拒否をなした右認定事情からすれば、被告北浦らは、信義則による注意義務を負うので、もはや原告からの申込による本件紛争についての責任を免れることはできないというべきである。

3  被告近藤建設の不法行為責任

被告近藤建設は、前記1で認定したとおり、被告北浦らがロイヤルパークの入居申込条件を作成するに際し、原案となる資料を提供し、内容についても被告北浦らに助言するなどして一定の関与をしたことが認められる。しかしながら、前記1で認定した事実によれば、被告近藤建設は、契約成立に向けて交渉を続ける被告キンキホームと、契約締結を拒む被告北浦らとの間の連絡を取って、交渉の継続に与かったものであり、最終的に契約締結に至らなかったのは、本件物件の所有者である被告北浦らがそのように判断したからであるといわざるをえない。そうすると、本入居申込条件の作成と被告北浦らが契約締結を拒否したことにより原告に損害が発生したこととの間には、因果関係がないというべきであるから、この点に関する原告の主張は採用できない。

4  被告キンキホーム及び被告宝不動産の不法行為責任

前記認定の事実によると、被告キンキホーム及び被告宝不動産は、被告北浦らが入居申込条件を作成するに際し、その打合せのための会合に同席したものの、入居申込条件の具体的内容の決定についての積極的な関与をせず、被告北浦らと被告近藤建設の協議結果を仲介業者として受容したにすぎないところである。そして、本件全証拠によっても、被告キンキホーム又は被告宝不動産が、原告に対する入居拒否について被告北浦らと共謀した事実は認められない。

したがって、原告の被告キンキホーム及び被告宝不動産に対する請求はいずれも理由がない。

三争点3(被告大阪府の損害賠償責任の有無)について

1  規制監督権限の不行使

(一) 国民の権利・利益・自由に対する侵害が予想される行政庁の規制監督権限の行使には、その権限行使が恣意的になされないよう、法律上の根拠が必要である。そして、一般に、規制監督権限の不行使が、第三者に対する関係でも違法と評価され、国家賠償法一条一項による損害賠償義務を発生させるためには、右根拠規定が第三者の利益を直接的、個別的、具体的に保護することを目的とし、かつ、当該監督権限を行使すべき法的義務が発生する場合でなければならないと解される。そして、その具体的検討過程においては、当該根拠規定の趣旨、文言、目的等をふまえて、行政庁の裁量の幅の大小、規制監督対象たる事物の性質など諸般の事情を総合考慮して、規制制限の不行使が著しく不合理と認められるか否かについて、検討すべきである。

(二) これを本件について検討するに、まず、原告挙示の憲法及び国際人権規約は、私人相互間の法律関係に直接適用することを予定されているものではなく、個別的な実体私法の各条項を通じて間接的に適用され、あるいは法律制定の一般的指針と基準を示すものであるから、直接個々の国民に対する具体的な作為義務を規定したものではない。

したがって、前記の憲法及び国際人権規約は、原告主張の意味での大阪府知事の宅建業者らに対する規制監督権限の根拠規定となるものではない。

(三) そこで次に宅建業法の立法目的について検討する。

ア 証拠(〈書証番号略〉)によれば、以下の事実が認められる。すなわち、宅建業法は、昭和二七年に制定施行され、その後数次の改正が行われて現在に至っている。当初の立法目的は「宅建業者の登録実施とその事業に対する必要な取締を行うことによって業務の適正な運営を宅地建物の利用促進を図ること」(旧法一条)とされ、行政的取締規定であった。しかし、昭和三九年度の改正により、免許制度が採用されるとともに、同法の目的として、「宅地及び建物の取引の公正を確保する」ことが追加された。さらに、昭和四四年度の改正の際、「購入者等の利益保護」を図ることも法目的に掲げられ、消費者保護法としての一面も備えるに至った。そして、同改正を契機として、購入者の利益保護の見地から取引条件や契約内容の私法上の効力に対してまで規制が及ぶに至った。また、昭和五五年度の改正により、消費者保護の一層の徹底と流通の近代化・円滑化を企図して、「宅地建物取引業の健全な発達の促進」が立法目的に加えられた。ところで、右各改正の具体的内容として、昭和三九年度の改正における規制強化の内容の主たるものは、免許制度の採用及び免許資格要件の強化、業務帳簿の備付義務など業務に対する規制の強化、免許取消、業務停止、報告・立入検査に関する規定の整備、指導・助言等に関する規定の新設等であり、昭和四六年度の改正においては、契約内容の適正化を図るため、契約締結などの時期の制限、重要事項の説明義務の拡大、損害賠償額の予定等の制限、瑕疵担保責任についての特約の制限等であった。そして、昭和五五年度の改正では、媒介契約についての規定の新設、自己の所有に属しない宅地又は建物の売買契約締結の制限、クーリング・オフ制度の導入等が行われた。

イ 以上の事実によると、宅建業法の立法趣旨及び改正内容は、いずれも宅地建物取引の経済的な面の規制等に限られていることが明らかである。そうすると、宅建業法の目的である「取引の公正の確保」とは、宅地建物取引における経済的公正の確保の趣旨であると解するのが相当である。したがって、国籍を理由とする取引拒否について、これを宅建業法上の「取引の公正」を害する行為ということはできず、また、同行為に対して、知事が宅建業法上の各種権限を行使することはできない。よって、知事の右権限不行使をもって違法とする根拠は存しない。

2  行政指導

なお、行政法規の目的に照らせば、規制監督権限の行使をなし得ない場合でも、第三者の生命、健康等に対する被害の生ずることが予想される場合には、可能な限りの行政指導をなすことが望ましいといえる。しかしながら、行政指導を行うか否かは、行政庁の専門的判断に基づく自由裁量に委ねられているので、法的義務は認められず、政治的責任を生じることは格別として、違法の問題は生じる余地がないといわざるを得ない。

3  以上によると、被告大阪府に対する原告の請求は理由がない。

四損害額について

次に、前記二2記載の被告北浦らの契約締結上の信義則違反による損害賠償額について検討する。

1  財産的損害

証拠(〈書証番号略〉、原告本人)及び弁論の全趣旨によると、原告は、平成元年一月一六日、前記の経緯で、被告キンキホームから、引越のための運送業者としてドレミ引越センターを紹介され、同月一八日、これとの間で運送契約を締結したが、本件賃貸借契約が成立に至らなかったため、右運送契約を解除し、ドレミ引越センターに対して違約金として一万七〇〇〇円を支払ったことが認められる。

2  精神的損害

原告は、本件賃貸借契約の締結を期待していたところ、その国籍を理由とする締結拒否により契約成立に至らなかったことは前記認定のとおりであるところ、原告がこれにより精神的苦痛を被ったことは明らかである。したがって、被告北浦らは原告の被った右精神的苦痛をも慰謝すべき義務があると解すべきところ、これまでに判示した諸般の事情を総合考慮すると、その慰謝料の金額は二〇万円とするのが相当である。

3  弁護士費用

次に、原告らが本訴追行のために弁護士費用を要したことは明らかであるものの、右認容額等の諸般の事情に鑑み、被告北浦らが負担すべき損害額としては、五万円とするのが相当である。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告北浦らに対し、連帯して、二六万七〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成元年四月二八日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官伊東正彦 裁判官倉田慎也 裁判官福井美枝)

別紙物件目録

所在 大阪市淀川区西中島弐丁目壱参番地弐

(仮換地 新大阪駅周辺ブロック四符号四)

家屋番号 壱参番弐

鉄骨鉄筋コンクリート造ルーフィング葺壱〇階建共同住宅・店舗

床面積 壱階 163.12平方メートル

弐階 193.96平方メートル

参階乃至壱〇階 223.66平方メートル

附属建物の表示

鉄筋コンクリート造陸屋根平屋建電気室

床面積 15.00平方メートル

通称ロイヤルパークの参〇五号室

床面積 59.30平方メートル

別紙賃貸借契約目録

対象 別紙物件目録記載の建物

用途 住宅

保証金 一〇〇万円

家賃 一〇万一〇〇〇円

共益費 八〇〇〇円

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